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公演によせて

10月7日のプレビュー公演(早稲田大学小野記念講堂で上演)よりコメントをいただきました。

松井周 (劇団サンプル主宰/作家・演出家)

俳優はストイックに喋り始め、身体を動かし始める。しかし、何かがおかしい。
俳優自身の、発語する欲望(まるでクーラーが風を送るような)、身体を動かす欲望、イメージを膨らます欲望が、デタラメな方向へバラバラになって突き進んでいる様が気持ち悪い。
まるで、食事をしながらオナニーして数独を解くような、バラバラのまま再統一された身体がそこにある。矛盾がない感じ。禁欲的な快楽主義者とも言えるだろうか。
もちろん、これは僕が『古いクーラー』を観て紡ぎ出した物語だ。
けれど、身体に熱を帯びて過剰に冷気を吐き出すクーラーを「無駄!」の一言で片付けないで欲しい。
彼らは全く古くない。「フェティシズム」の輝く未来だよ、神里君!
(プレビュー公演トークゲスト)

藤原ちから/プルサーマル・フジコ (「エクス・ポ」編集者・雑文家)

岡崎藝術座『古いクーラー』のプレビュー公演は、まるで南米大陸から太平洋を横断してやってきた不穏な竜巻雲が、このガラパゴス大国ニッポンの社長も家も神棚も主婦も窓際会社員もニートもそして昔の恋人の捨てられない手紙も何もかもを全部すべてひゃ~とさらっていくのを、口を半開きにして眺めるような圧倒的な体験だった。少なくとも、ある種の俳優を超・魅力的に見せることにかけて異能をもつ神里雄大の、ひとつの到達点(喜望峰)を見たことは間違いない。小説/音楽/現代詩のようなうねりのあるユーモラスな台本で俳優たちはみな阿呆みたいに躍動し、汗の玉を散らす。特にその声は忘れがたく心に分け入ってくる。そして、この豊饒な時間感覚はいったいなんなの……? 「演劇」の底がついに抜けたのではないか。これヤバいと思う。

渡辺敏恵(演劇ぶっく

古いクーラーをモチーフに役者たちが発する言葉や動きから
役者個人の持つ物語やテーマが見えた。
目の前で叫び動く役者たちは徐々にボルテージを上げ、
その姿はすんごくアツく、クーラーが欲しくなった。
古いやつでも。